こんにちは。

 

これまで書いてきた
「英語の知識」シリーズの記事中に、

 

私はよく「コアイメージ」という言葉を使います。

 

英語学習をする上では、

その単語が持つ1つの訳に注目するのでなく、

その単語の根っこにあるイメージを

押さえることが大切であるからです。

 

例えば、

have」という動詞について

一番最初に習うのは恐らく

~を持つ」という訳でしょう。

 

しかし、学習が進むにしたがって、

 

~を食べる」という訳にもなり、

 

「I have two sisters.」という文では
~がいる」という訳になり、

 

「I had an important meeting today.」という文では
~がある」という訳になります。

 

また「have a seat」や「have a break」のように

他の単語と組み合わせて新たな訳を作り出したり、

 

高校英語の使役動詞として使う「have」

もはや中1の時に勉強した「have」とは

全く違う言葉であるようにも感じるかもしれません。

 

そしてもちろん「have」以外にも

英語は1つの単語に複数の訳し方が存在するため、

 

訳わかんね~よ(゚Д゚;)」とか

 

英語って難しい( ;∀;)」とか

 

なんで日本語みたいに
簡単にしないんだよ(; ・`д・´)
」とか

 

色々な不満が生徒から出るのを実際に聞きます。

 

 

今回は英単語の中でも
特に「動詞」に注目をし、

そして

「なぜコアイメージを押さえることが大切なのか」

ということについて

日本語の観点も織り交ぜながら、
私の意見を書いていきたいと思います。

 

 

突然ですが、

 

言葉を覚えるしくみ
(今井むつみ・針生悦子)」という本の中に、

 

小さな子供が「動詞」を学習していく
プロセスを説明する章があり、

 

その中にこんな一説が書かれていました。

 

 

「はじめて耳にした動詞の意味推論において
子供がまずしなければならないことは、

今目の前で起こっているイベントの
どこからどこまでがその動詞に対応しているのかを
見つけることである。

しかし、実はこれが難しい。

たとえば、
スプーンを振り回して食べ物を
こぼしてしまった子どもに、

大人は『あらあら、こぼしちゃって』
と言うかもしれない。

しかし、このとき、
この子供自身、まさにスプーンを振り上げ、
それを振り下ろし、食べ物をはねちらかし、
飛び散った食べ物がテーブルをよごし、
といった切れ目のない動作の流れの中にいるのである。

『こぼす』という動詞の意味として、
そのどこからどこまでを切り出すかについては、
無数の可能性があるのである。

その中からはたして子どもは、
『こぼす』に対応するような、
動作のまとまりをうまく切り出すことができるだろうか。」

 

 

この文を読んだ時、

 

「ああ、まさに生徒の皆も、
英語を学習する上で同じようなことを
思っているんだろうな(~_~メ)ふむふむ」

 

と改めて考えさせられたんですね。

 

特に、

「今目の前で起こっているイベントの
どこからどこまでが
その動詞に対応しているのか」

という部分は、

 

直接的ではありませんが、まさに

 

「英語のコアイメージ」にも
通ずるものがあるな、と思いました。

 

例えば、
日本語の「投げる」という動詞を
考えてみましょう。

 

「ピッチャーが球を投げる」という文中での

「投げる」が一番イメージしやすい意味かと思いますが、

 

この「投げる」という動詞は
実際に「球」のような物質が無くても、
会話の中で様々に使われます。

 

例えば、
ネット上の「goo国語辞典」には

 

「視線を投げる

「~と投げるように言う」

「一生懸命に身を投げる

「海の中へ身を投げる」

投げるように腰かけに身をおろす」

 

などの例文が載っています。

 

これらは芥川龍之介や太宰治など、

少し時代の古い小説に登場する言い回しなので、

今では積極的には使わないフレーズもあるかもしれません。

 

しかし、それでも皆さん、

 

 

これらの文の意味、
なんとなく分かりますよね?(@_@)

 

 

なぜ、何となく意味が分かるのか。

 

それは皆さんが「投げる」という動詞について、

単純に「人が球を投げる」という一つのシーンだけでなく、

 

その「投げる」という言葉が持つ

「コアイメージを持っているから」だと私は思います。

 

そしてそのコアイメージを元に、
その動詞の様々な文脈の中での
「適応範囲を理解しているから」です。

 

※「適応範囲」とは、

例えば「視線を投げる」はOKでも、

「ヒジを投げる」は普通言いませんよね。

でも「足を投げ出して座っている」は通じますよね。

これが言葉の「適応範囲」です。

 

だから全く違う文脈で使われたとしても
何となく理解が出来るんですね。

 

 

これ、英語でも同じことなんです。

 

「have」という動詞には根本のコアイメージがあり、

一番の代表格、もしくは学習の容易な訳が

「~を持つ」というだけなんです。

 

今私が挙げた日本語の例を見れば分かるように、

1つの同じ言葉でも様々な文脈で

使うことが出来ますよね?

 

「have」もこれと一緒です。

 

「have」には根本の「コアイメージ」があるんです。

ただ、

「文脈によって日本語に変換した際に訳が変わる」

というだけなんですね。

 

 

今日はせっかくなので

私が思っている「have」の

コアイメージを紹介します。

 

「have」とは、

自分のテリトリー内での出来事や物事の状態を表す

言葉です。

 

「テリトリー」とは物質的空間のみならず、

時間的空間も含め、

簡単に言えば自分から近い空間のことです。

 

例えば、

「I have a pen.」のペンは

私のテリトリー内にあるペンのことです。

だから、

「私はペンを持っている」という訳になります。

 

また「I have a dog.」という文は、

今犬を実際に抱えていなくても、

その犬は野良犬ではなく、

自分のテリトリー内にある犬のことです。

だから、「(自分の犬)を飼っている」という訳になります。

 

そうすると、

「食べる」という意味の「have」も

想像出来ると思います。

自分のテリトリー内にある食べ物を

さらに自分の体内というテリトリーに入れるわけです。

 

また、「I had Tom fix my computer.」では

使役動詞として「have」を使っていますが、この「have」も一緒です。

 

自分のテリトリー内で

「トムが私のコンピューターを直す」

という出来事が起きたんです。

それはつまり、

「トムにコンピューターを直してもらった」ということです。

 

 ついでに、現在完了の「have」も同じ感覚です。

正確には現在完了の「have」は動詞ではなく助動詞ですが、

やはり同じ言葉を使っているのには理由があるんですね。

 

「have」の持っているコアイメージから

「完了・結果、継続、経験」すべての訳が生まれているのです。

 

これについては長くなるのでまた改めて書きます。

 

 

このように、英語学習における

「コアイメージを押さえることの大切さ」

少し理解出来たでしょうか?

 

とはいえ、

生徒の皆さんは一つ一つの単語の

コアイメージを調べていたら

他の科目の勉強が出来なくなってしまいますよね。

 

だからこそ、

気になったことは我々講師をうまく活用して

効率よく勉強することが大切です。

 

もちろん私もすべての言葉の意味を

知っているわけではないので、

 

「ごめん、これ俺の宿題にさせて( ;∀;)」

 

と分からなければ正直に伝え、

必死に調べ、分かりやすく伝えるよう努力します。

 

 

最後に、

この「コアイメージ」は

日本語で考えても面白いですよね。

 

例えば今書いててふと思ったんですが、

 

「音(おと)を上げる」と

「音(ね)を上げる」の「上げる」って、

どんなコアイメージで

使っているんでしょうね(~_~メ)ムズカシイ

 

 

よく分からないので

今日はこの辺で筆を投げたいと思います。